最終確認日:2026年8月12日(カスハラ対策義務化の全体像で確認済みの一次情報にもとづく)
受話器の向こうから続く罵声を、オペレーターが30分黙って聞き続ける。「お客様の電話をこちらから切ってはいけない」という不文律が、いまも多くのコールセンター・電話窓口に残っています。しかし2026年10月1日に施行される改正労働施策総合推進法のもとでは、従業員をカスハラから守る措置は事業主の義務になり、電話応対の現場も例外ではありません。ここでは、カスハラの電話は切っていいのかという問いへの答えと、切断基準の決め方、警告から切断宣言までのトークスクリプト、切断後の記録と報告、そしてオペレーターを守る運用までを一続きで整理します。
厚生労働省指針が求める措置は10個で、就業規則の条文で足りるのは一部です。自社に足りない措置を確認する(無料・登録不要)。
カスハラ対策の義務化(2026年10月1日施行)まで あと少しです。
義務化でコールセンター・電話窓口に何が求められるか
2026年10月1日施行の改正労働施策総合推進法は、顧客等からの著しい迷惑行為(カスタマーハラスメント)により労働者の就業環境が害されることのないよう、事業主に雇用管理上の措置を義務付けます。この義務は企業規模を問わず、中小企業にも適用されます。厚生労働省の指針が求める措置には、カスハラに毅然と対応し労働者を保護する方針の明確化と周知、相談体制の整備、被害を受けた労働者へのケアなどが含まれます。制度全体の枠組みはカスハラ対策義務化の全体像にまとめています。
ここで押さえておきたいのは、この義務が対面接客に限られないことです。保護の対象は「労働者の就業環境」であり、接点が店頭か電話かチャットかは問われません。電話越しの暴言、執拗な再架電、何十分にも及ぶ拘束は、オペレーターの就業環境を害する言動としてカスハラに当たり得ます。むしろ電話は、顔が見えない分だけ言動が過激になりやすく、オペレーターが一人で受け止める構造になりやすい接点です。
したがって、コールセンター・電話窓口を持つ会社が施行日までに整えるべきものは、対面業種と同じ基本方針・対応手順書・相談窓口に加えて、電話特有の対応基準です。その中心が、この記事の主題である「どこまで対応し、どの時点で通話を終了するか」の基準になります。
カスハラの電話は切っていいのか
結論から書きます。会社が切断の基準をあらかじめ定めて周知していれば、その基準に沿って通話を終了することは正当な対応です。正当な問い合わせや商品・サービスへのクレームには誠実に対応する必要がありますが、それは、社会通念上許容される範囲を超えた暴言や脅迫を受け続ける義務があるという意味ではありません。厚生労働省の指針も、カスハラには毅然と対応して労働者を保護することを事業主に求めています。用件への対応と、迷惑行為への忍耐は別物です。
問題は「切っていいか」ではなく「誰の判断で切るか」にあります。最悪なのは、基準を作らないまま「ひどい場合は切ってもよい」と現場判断に丸投げする運用です。この形では、切った通話が後から「あれはまだ切る場面ではなかった」と蒸し返されるリスクをオペレーター個人が負うことになり、結局誰も切れません。切れないと分かっている相手からの電話を受け続けることが、オペレーターの離職と休職の原因になります。
逆に、切断の基準と手順を会社が文書で定め、研修で周知し、基準に沿った切断は会社の判断として扱うと明言すれば、オペレーターは手順を実行するだけでよくなります。2026年10月1日以降は、この基準の整備こそが「あらかじめ定めた対処の内容の周知」という措置義務の中身になります。切ることを認める制度は、オペレーターを守る制度であると同時に、会社が義務を果たしている証拠にもなります。
切断基準の例:どの言動が出たら手順を開始するか
基準は「ひどい暴言があった場合」のような抽象的な書き方では機能しません。通話中のオペレーターが迷わず当てはめられる粒度で決めます。次の表は基準の一例です。数字はあくまで例なので、自社の業務内容と平均通話時間に合わせて調整してください。
| 言動の類型 | 基準の例 | 対応 |
|---|---|---|
| 暴言・人格攻撃 | 「バカ」「死ね」など人格を否定する発言、大声での罵倒が始まった | 警告から3段階の手順を開始 |
| 脅迫・危害の予告 | 「殺す」「会社に行くぞ」「ネットにさらす」など危害・加害の予告 | 警告を挟まず切断可。SVへ即時報告し、警察通報を検討 |
| 性的な発言 | 性的な質問・卑わいな発言・オペレーターの容姿や私生活への執拗な言及 | 1回目で最終警告、続けば切断 |
| 執拗な再架電 | 回答済みの同一要件での再架電が同日3回を超えた | 「回答済みである」旨の定型応答のみ行い、以後は手順に沿って終話 |
| 長時間の拘束 | 同一要求の繰り返しで通話が30分を超え、終話の提案に応じない | 警告から3段階の手順を開始 |
| 謝罪・服従の強要 | 土下座に相当する謝罪の強要、オペレーター個人の氏名・連絡先の執拗な要求 | 個人情報は開示しない旨を伝え、続けば手順を開始 |
迷いやすいのは、正当なクレームに暴言が混ざるケースです。この場合、クレームの中身(商品の不具合・手続きの誤りなど)には対応を続け、言動の態様(罵倒・拘束)だけを基準に当てはめます。内容が正当かどうかと、手段が許容範囲かどうかは別々に判断する、という軸は対面のカスハラと共通で、詳しくはカスハラとクレームの線引きで整理しています。
そのまま使えるトークスクリプト:警告から切断宣言まで3段階
基準に該当したら、次の3段階を順に踏みます。各段階を定型文にしておく理由は2つあります。第一に、オペレーターが自分の言葉で応じると、言い返しと受け取られて応酬が始まり、通話が長引くためです。定型文は「これは個人の反論ではなく会社の手続きである」ことを相手に伝えます。第二に、通話録音に「会社の手順どおりに警告したうえで切断した」という記録が残り、後から対応の正当性を示せるためです。感情を入れず、同じ文をそのまま読む運用にします。
第1段階:警告(用件には応じる姿勢とセットで伝える)
用件への対応を続ける姿勢を先に示すことで、「客の話を聞かない気か」という反発の口実を消します。この段階で収まる相手が実際には大半です。
第2段階:最終警告(切断の予告)
「会社の規定により」という語を必ず入れます。切断がオペレーター個人の感情ではなく、あらかじめ定められた手続きであることを、この一文が相手と録音の両方に対して示します。
第3段階:切断宣言(宣言してから切る)
無言で切らないことが要点です。宣言してから切ることで、一方的な放棄ではなく手順に沿った終了であることが録音に残ります。宣言後は相手の発言を待たずに切断して構いません。ここで再び聞き入ってしまうと、最終警告の効力が失われます。なお、脅迫や危害の予告があった場合は、この3段階を踏まず即時に切断してよい設計にしておきます。段階を踏むのは、あくまで通常の暴言・拘束型の場合です。
切断した後にやること:記録・報告・次の一手
切断は対応の終わりではなく、記録と引き継ぎの始まりです。切断した通話は、次の項目をその日のうちに記録する様式を用意しておきます。
- 日時・通話開始時刻と切断時刻(拘束時間が分かる形で)
- 発信元の電話番号・相手の名乗り(分かる範囲で)
- 対応したオペレーター名と、途中で交代した場合はその経緯
- 用件の要旨と、カスハラに当たると判断した発言の内容(要約ではなく、できるだけ発言のまま)
- 警告・最終警告を行った時刻と、切断に至った経過
- 通話録音の有無と保存先(録音は基準該当時点からではなく通話全体を保存します)
切断した事案は、件数の多少にかかわらずすべてSV・管理者に当日中に報告する運用にします。目的は責任追及ではなく、基準の当てはめが妥当だったかの確認と、対応したオペレーターのケア、そして同一人物からの再架電に備えた情報共有です。録音の扱いを含む発生直後の動き方の全体像はカスハラ発生時の初動フローで解説しています。
切断で終わらない相手には、段階を上げます。あらかじめ移行の基準も決めておくと、現場が迷いません。
- 着信拒否・振り分け:切断後も同一要件での再架電が続く場合(例:切断が2回に達した時点)、当該番号を着信拒否にするか、管理者直通の回線に振り分けます
- 警察への相談・通報:脅迫、危害の予告、業務が止まるほどの執拗な架電は、犯罪(脅迫罪・威力業務妨害罪など)に当たり得ます。録音と記録を持って、まず警察相談専用電話(#9110)に相談します。緊急の危害予告は110番です
- 弁護士名義の対応への移行:金銭要求や謝罪要求が文書・架電で反復される場合は、窓口を弁護士に一本化し、以後の連絡は代理人宛とする通知を送る方法があります。会社名義の通知で収まらない相手に有効です
オペレーターを守る運用:基準を作っただけでは現場は変わらない
切断基準とスクリプトを整えても、運用が伴わなければオペレーターは切れません。基準を機能させるために、次の3点を合わせて決めておきます。
- 切断権限の明文化:基準に該当すれば、SVの事前承認なしにオペレーター自身の判断で手順を開始・切断できることを文書に明記します。承認を必須にすると、承認を待つ間オペレーターが電話口で耐え続けることになり、基準を作った意味がなくなります。判断に迷う場合にSVへ相談できる、という設計は残して構いませんが、原則は本人判断です
- 切断した本人を責めない:基準に沿った切断を、評価・査定で不利に扱わないことを明文化します。事後の報告レビューで当てはめの妥当性を確認する際も、「切るべきでなかった」ではなく「基準の書き方を直す」方向で扱います。一度でも切断を理由に責められた現場は、二度と切らなくなります
- モニタリングとケア:SVが通話状況を監視し、長時間対応や声のトーンの変化を検知したら、オペレーターの申告を待たずに介入(交代・引き取り)します。切断事案の対応者にはその場で短い休憩を取らせ、対応が続いた人には面談の機会を作ります。被害を受けた労働者へのケアは、指針が求める措置の一部でもあります
これらの運用は、切断基準だけを単独の文書にするのではなく、会社全体の基本方針・対応手順書の電話応対の章として組み込むと、周知も更新も一度で済みます。文書全体の作り方は対応マニュアル・基本方針の作り方を、就業規則側の手当ては就業規則へのカスハラ対応の書き方を参照してください。また、切断事案の相談を受け止める窓口がないと報告は形骸化します。小規模な会社での窓口の作り方はカスハラの相談窓口の作り方にまとめています。
よくある質問
カスハラの電話は切っていいのですか?
切ってよい場合があります。会社があらかじめ切断の基準を定めて周知していれば、暴言・脅迫・性的発言などが続く通話をその基準に沿って終了することは、従業員を守るための正当な対応です。基準を作らずに現場判断へ丸投げする運用が最悪で、切った責任を個人が負う形になるため、結局誰も切れずに耐え続けることになります。
電話を切る前にどんな警告をすればよいですか?
警告、最終警告、切断宣言の3段階を定型文で行います。用件には応じる姿勢を示したうえで攻撃的な言動を控えるよう求め、続く場合は「会社の規定により通話を終了する」ことを予告し、それでも続けば宣言してから切断します。無言で切らず宣言してから切ることで、録音に正当な手順の記録が残ります。
コールセンターや電話窓口も2026年10月1日施行のカスハラ対策義務化の対象ですか?
対象です。2026年10月1日施行の措置義務が守るのは労働者の就業環境であり、接点が対面か電話かは問われません。電話越しの暴言や長時間の拘束もカスハラに当たり得ます。企業規模を問わず、中小企業の電話窓口にも適用されます。
自社の就業規則ファイルを置くと、書いてあることと書いてないことが1枚になります。就業規則AIがあります(無料・登録前に結果が出ます)。
社会保険労務士など士業の方は、この解説を顧問先にそのまま配れる形でもご案内しています。
- 厚生労働省リーフレット「令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます!」(措置義務の内容・施行日)(PDF)
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662576.pdf - 厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/zaitaku/index_00003.html - e-Gov法令検索「労働施策総合推進法」(改正後33条・措置義務の根拠条文)
https://laws.e-gov.go.jp/law/341AC0000000132
措置義務の内容・施行日は上記の一次情報にもとづいています。切断基準の数値例とトークスクリプトは、これらの内容を電話応対の実務に落とし込む際の考え方を示したものであり、厚生労働省が公表した公式基準・公式文例ではありません。
※本ページでは制度の一般的な仕組みをまとめています。切断基準の具体的な数値や運用は、業務内容・通話の性質・体制によって調整が必要です。脅迫や業務妨害など犯罪に当たり得る事案の判断は、記録を持って警察・弁護士にご相談ください。最新の正確な情報は、厚生労働省・都道府県労働局(雇用環境・均等部(室))にご確認ください。個別の相談対応や書類作成の代行(社会保険労務士業務・弁護士業務)は行っていません。