最終確認日:2026年8月12日(カスハラ対策義務化の全体像で確認済みの一次情報にもとづく)
発注元の担当者からの深夜の電話、契約にない作業の無償対応、電話口での人格を否定する叱責。相手が取引先だと「仕事を切られたら困る」の一心で現場が我慢を続けがちですが、2026年10月1日に施行される改正労働施策総合推進法では、取引先からの著しい迷惑行為も、会社が従業員を守るべきカスタマーハラスメントに含まれます。ここでは、正当な要求との線引きと、取引継続を前提に角を立てずに断るための文例3本、そして社内で先に決めておくべきことを整理します。
厚生労働省指針が求める措置は10個で、就業規則の条文で足りるのは一部です。自社に足りない措置を確認する(無料・登録不要)。
カスハラ対策の義務化(2026年10月1日施行)まで あと少しです。
取引先からの迷惑行為も「カスハラ」に含まれる
カスタマーハラスメントという言葉から、対象は店頭やコールセンターに来る消費者だと思われがちです。しかし厚生労働省の指針は、行為者となる「顧客等」を消費者に限定していません。顧客のほか、取引の相手方、施設の利用者その他の関係者が含まれます。発注元・元請け・納品先の担当者からの著しい迷惑行為も、要件を満たせばカスハラです。
カスハラに当たるかどうかは、次の3つの要素で判断されます。
- 顧客等(取引先を含む)の言動であること
- その言動が社会通念上許容される範囲を超えていること
- それにより労働者の就業環境が害されること
そして2026年10月1日以降、会社には、方針の明確化と周知、相談体制の整備、被害を受けた従業員への配慮といった措置を講じる義務が生じます。この義務は企業規模を問わず、中小企業にも適用されます。相手が消費者か取引先かで義務の中身は変わりません。つまり「発注元だから仕方ない」と現場に我慢させ続けること自体が、施行後は会社の義務違反につながり得ます。制度全体の枠組みはカスハラ対策義務化の全体像にまとめています。
取引先カスハラの典型例と、正当なクレームとの線引き
取引先対応で難しいのは、正当な指摘と迷惑行為が同じ商流の中で混ざって届くことです。品質への指摘や納期の協議は取引の一部であり、これに誠実に対応するのは当然です。線を引くべきなのは、要求の内容が取引上の妥当性を欠く場合と、要求の手段・態様が相当性を欠く場合です。
| カスハラに当たり得る言動 | 正当な要求・協議(誠実に対応する) |
|---|---|
| 「この程度もできないのか」など人格を否定する罵倒・執拗な叱責 | 不具合の内容を特定した品質への指摘 |
| 土下座や始末書・謝罪文の強要 | 原因の説明と再発防止策の提示を求めること |
| 深夜・休日の執拗な電話やチャットでの即応の要求 | 納期遅延など緊急時の連絡と対応の協議 |
| 契約範囲外の作業や仕様変更の無償対応の強要 | 契約範囲内の手直し・是正の要請 |
| 業務上の落ち度がないのに「気に入らない」を理由とする担当者交代の強要 | 具体的な業務上の問題を示したうえでの体制見直しの申し入れ |
左の列に共通するのは、取引の目的(品質・納期・価格)の達成から離れて、従業員個人を追い詰める形になっている点です。内容が正当でも、手段が度を越えていれば右から左に移ります。たとえば品質不良の指摘は正当ですが、そのために担当者を3時間立たせて罵倒し続ければ、態様の面でカスハラに当たり得ます。この判断軸は消費者対応と同じで、詳しくはカスハラとクレームの線引きで整理しています。
角を立てずに断る文例3本(取引継続が前提)
取引先への対応で現場が一番困るのは、断りの一文をどう書くかです。ポイントは3つあります。相手の正当な関心(品質・納期)には応える姿勢を先に示すこと、断る対象を要求全体ではなく「対応できない部分」に限定すること、そして担当者個人ではなく会社としての回答の形にすることです。以下はそのまま使わず、取引の経緯と自社の言葉に合わせて調整してください。
文例1:契約範囲外の無償対応を求められたときの返信
「対応する部分」を先に書き、断る部分は「会社の統一基準」を理由にするのが骨子です。担当者の判断で断ったと受け取られると、担当者個人への圧力に変わりやすいためです。
文例2:深夜・休日の連絡が続くときの通知
特定の担当者への深夜連絡をやめてほしい、と個別に伝えると角が立ちます。全取引先向けの体制変更として通知し、本当の緊急時の窓口を別に用意しておくと、相手の正当な連絡手段を奪わずに深夜の即応要求だけを止められます。2026年10月1日の施行を控えて連絡体制を見直す会社は増えており、時期としても不自然ではありません。
文例3:担当者への人格攻撃があったときのエスカレーション文書
当事者同士のやり取りに留めず、事実(日時と発言内容)を記載した文書で相手の組織に上げるのがこの文例の目的です。評価や感情を書かず、起きたことと自社の運用だけを書きます。多くの場合、相手の会社も自社の担当者の言動を把握しておらず、文書が届いた時点で収まります。
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社内で先に決めておくこと(文例より先に、実はこちら)
文例が機能するのは、その裏に社内のルールがあるときだけです。担当者が自分の判断で送る断りの一文は、次の商談で簡単に覆されます。取引先対応について、最低限次の4つを決めて文書にしておきます。
- 対応打切り・引き継ぎの基準:罵倒が始まったら管理職に代わる、同じ要求が3回繰り返されたら文書回答に切り替える、など「担当者が一人で耐え続けない」ための具体的な基準を決めます
- エスカレーションの経路:現場の担当者から誰に上げるか、相手先のどの部署に文書を出すかを、事案が起きる前に決めておきます。文例3が使えるのはこの経路がある会社だけです
- 記録の取り方:日時・相手・要求内容・発言・対応者をその日のうちに記録する様式を用意します。後日の申し入れも、専門家への相談も、記録の有無で結果が変わります。録音を含む初動の動き方はカスハラ発生時の初動フローを参照してください
- 契約書のハラスメント条項:新規契約や更新の際に、双方の従業員への迷惑行為を禁止し、改善されない場合は協議・解除ができる旨の条項を入れておく方法があります。反社条項と同じく、入れる時点では角が立たず、起きたときの根拠になります
これらは取引先対応に限らず、2026年10月1日までに整えるカスハラ対応体制(基本方針・対応手順書・相談窓口)の一部として組み込むのが効率的です。文書の作り方は対応マニュアル・基本方針の作り方で、就業規則側の手当ては就業規則へのカスハラ対応の書き方で解説しています。
それでも改善しない場合の選択肢
文書で申し入れても言動が変わらない取引先は、残念ながら存在します。その場合の選択肢は、対応コストを取引条件に反映する(次回見積りから特別対応分を有償化する)、取引の比重を下げて依存度を減らす、そして契約解除を検討する、という順になります。ハラスメント条項を入れてあれば解除の根拠になりますし、条項がなくても、継続的な迷惑行為は契約関係の信頼を壊す事情として考慮され得ます。
ただし、相手が優越的な地位にある場合の取引条件の変更や解除には、独占禁止法・下請法(2026年1月からは中小受託取引適正化法)が関わる場面があり、逆に相手の要求自体がこれらの法律に触れている可能性もあります。この段階の判断は一般論で動かず、弁護士か、公的窓口である下請かけこみ寺などの専門家に、記録を持って相談してください。記録の取り方は前の章のとおりです。会社として大切なのは、契約を切るかどうかの前に、従業員を矢面から外す措置(窓口の変更・複数名対応)を先に打つことです。
よくある質問
取引先からの迷惑行為も2026年10月1日施行のカスハラ対策義務の対象になりますか?
対象になります。指針の「顧客等」には取引の相手方が含まれており、発注元や元請けの担当者からの著しい迷惑行為も、消費者からのものと同じくカスハラに当たり得ます。施行日は2026年10月1日で、中小企業も対象です。
取引先に改善を申し入れたら、取引を切られてしまいませんか?
その不安があるからこそ、担当者個人ではなく会社対会社の文書で、品質・納期には引き続き誠実に対応すると明記したうえで、対応できない要求だけを区切る形にします。それでも不利益を示唆される場合は優越的地位の濫用など別の法律問題になり得るため、専門窓口に相談してください。
取引先から「担当者を交代させろ」と言われたら応じるべきですか?
業務上の具体的な問題が示されているなら体制の見直しは通常の対応です。落ち度がないのに感情的な理由で求められた場合は、まず理由を書面で確認し、体制は自社で判断する旨を丁寧に回答するのが基本です。安易に応じると、会社が従業員を守らなかったという事実が残ります。
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社会保険労務士など士業の方は、この解説を顧問先にそのまま配れる形でもご案内しています。
- 厚生労働省リーフレット「令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます!」(「顧客等」の範囲・措置義務の内容)(PDF)
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662576.pdf - 厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/zaitaku/index_00003.html - e-Gov法令検索「労働施策総合推進法」(改正後33条・措置義務の根拠条文)
https://laws.e-gov.go.jp/law/341AC0000000132
「顧客等」に取引の相手方が含まれること、措置義務の内容・施行日は上記の一次情報にもとづいています。文例と線引きの整理は、これらの内容を取引先対応の実務に落とし込む際の考え方を示したものであり、厚生労働省が公表した公式文例ではありません。
※本ページでは制度の一般的な仕組みをまとめています。個別の取引での対応方針、独占禁止法・下請法(中小受託取引適正化法)に関わる判断は、事案の経緯と力関係によって結論が変わります。最新の正確な情報は、厚生労働省・都道府県労働局(雇用環境・均等部(室))にご確認ください。個別の相談対応や書類作成の代行(社会保険労務士業務・弁護士業務)は行っていません。